無人島にはイリジウム衛星電話

無人島に一つだけ、何を持っていく?」

というのは手垢のついた質問だが、意外に性格が現れる。

先日参加した懇親会では、各自が用意する自己紹介スライドの中で、共通テーマとしてこの質問に答えて欲しいと言われていた。私たちは同世代の4人グループに分かれ、順番に自己紹介を始めた。

一人目はボート部出身のパワーマッチョ。物腰柔らかい雰囲気を出しているが、今にもシャツを食い破りそうな胸筋は、オールを手にしたときの凶暴性を思わせる。そんな凶暴マッチョ君は、無人島にボートを持っていくらしい。なるほど、確かに彼ならボートさえあれば、どんな無人島に放たれても門限には帰ってきそうだ。

二人目は聡明そうな中肉中背男。彼はサバイバルナイフと答えた。ありがちな答えだが、確かに無人島生活にナイフがあれば心強いのは間違いない。彼が言うには、木を切ったり食料を加工したり、救助を待つ間にサバイバル生活をするならナイフが一番役に立つらしい。

 

三人目は私。私は、何とか生きることを考えた前の二人とは少しテンションが違った。というのも、事前に好きなものを準備して無人島にいける状況はどうも緊張感が持てない。「無人島に持ってけるのは一つだけね」という制約も、「お菓子は300円までね」と同じ温度感に聞こえてしまう。

なら遠足で大切なことを考えよう。工場見学や動物園遠足の思い出を振り返ると、やっぱり大事なのは人かなと思った。仲良い友達や、気になってるあの子と同じ班になれるなら、ベルトコンベアに流れるのは、ハイチュウでもシマウマでも何でもいい。

こと無人島というスカスカコンテンツの遠足なら、なおさら人が大事になるのは言うまでもない。だから私は、自信を持ってこう答えた。

「話のあう友達」

お前が一番しょうもない、という批判は受け付けない。

 

ここまで三者三様の答えがあがり、私は答えが三種類に大別できると気づく。

  • 無人島から脱出するためのモノ
  • 無人島で生き延びるためのモノ
  • 豊かな無人島ライフを謳歌するためのモノ

無論ボートは脱出するため、ナイフは生き延びるため、友達は豊かな時間を過ごすため。そして私の慧眼は問題の本質を見抜いた。この質問は、具体的に何が欲しいかではなく、回答者が3つの中でどの軸を大事にしているかを測るテストなのだと。

 

果たして四人目の彼は、最後にどれを選ぶのかな。ニヤニヤしながら見つめる先の彼は、淡々とこう答えた。

 

イリジウム衛星電話です」

 

ポカン。全く耳なじみのない言葉にみな呆気に取られた。これは突っ込まざるを得ないぞ。私は趣味やら専攻やら他の全情報をスルーして質問した。それは一体なんですかと。

曰く、イリジウム衛星電話なら、地球上のどこにいても66個の通信衛星を経由して電話ができるらしい。つまり4Gが入らない無人島でも、世界中と電話で繋がれる。しかも通信先はイリジウム衛星電話機でなくても、一般のスマホや固定電話にもかけられる優れモノ。そして彼はこう続けた。

 「これを使えば、すぐにでも助けが呼べますね。」

 なるほど。一時は得体の知れないスーパーガジェットを出されて当惑したが、結局彼の軸は脱出なのね、と一人納得した。そんなそばから思わぬ追撃をもらった。

 

「サバイバルに必要な情報もこれで得られますね。飽きるまでは無人島にいて、誰かと話したくなったら普通に電話で雑談できますし。

 

何だと…?イリジウム衛星電話はサバイバルの知恵も、豊かな時間も与えてくれると言うのか…?ヒトカゲか、ゼニガメか、フシギダネか。誰を選ぶか頭を悩ます私の脇を通り抜け、3体まとめて連れていったのだ。目から鱗とはまさにこのこと。

 「無人島に一つだけ、何を持っていく?」

正解が出てしまった以上、散々擦られてきたこの議論も今日をもって幕を閉じる。これ以上手垢がつくことはない。

 

となると私の自己紹介スライドにも変更が必要だ。

イリジウム衛星電話に、一字一句訂正せねば。