私達はエロ人形より優位なのか
イギリスのアダルト系SNS「OnlyFans」が性的コンテンツの禁止を決定
引用:TechCrunch[1]
今朝のニュースはたちまち私の関心を引いた。OnlyFansとは、クリエイターがサブスクリプション料金を払っている登録者(Fan)に向けて、コンテンツを配信するプラットフォームらしい。
当初はヨガや料理動画など健全なSNSとして立ち上がったが、フタを開けてみると自らの営みをファンに配信するポルノクリエイターの巣窟となり、数多の性的コンテンツのおかげで急成長したOnlyFansは年間25億ドルを売上げるエロの巨人となった。
ところが運営は「OnlyFansは次のステージに行く」と息を巻いて、職場でも閲覧できる健全なSNSとしてポルノクリエイターの排除に踏み切った。
いろんなビジョンと議論があって、この決断に至ったとは思うが、私はなんだかやるせない気持ちになる。ポルノクリエイターに支えられて大きくなったのに、恩を忘れて黒い部分だけ切り捨てるのは誠実じゃない。
〇〇星人というキャラで世に出てきたものの、数年後に「あの時は黒歴史!本当の自分じゃなかった!」と暴露するタレントのようだ。当時を応援したファンまでも黒歴史にされては浮かばれない。キャラ変を否定しているワケではない。ただ「ムリしてた部分もあったけど、支えてくれたおかげで今がある」という謙虚さは忘れないようにしよう。
不義理なのはよくないから。
しかしどうやらOnlyFansの騒動は悪いことばかりではなく、暗号資産テクノロジーの発展をもたらす可能性もあるらしい。
大手の金融機関が活動できないグレーなエロ決済では、仮想通貨に白羽の矢がたつ。2020年にVISAとMasterが撤退して、アダルトサイトPornHubは完全な仮想通貨市場になった。そしてこの度、ポルノ業界からOnlyFansという巨人の席がポッカリあいた。そこに仮想通貨とガッツリ手を組んでやってくるとしたら、新たなSNSは暗号資産テクノロジーの未来を切り開く黒船、いやピンク船になれる。
暗号資産に、VR、Deepfake...善悪は置いといて、思えばエロがテクノロジーを引っ張ってきたことはたくさん思い浮かぶ。
エロの力恐るべし。
他にも面白いポルノテクノロジーがないか気になって調べると、「サマンサ」というイギリスのポルノロボットにたどり着いた。
サマンサはAI搭載のスマートラブドール。性行為が目的だが、サマンサの面白いところは、彼女の気持ちが乗らなければ無理に性行為できない点だ。
サマンサには「性行為モード」と「家族モード」の2つの状態がある。普段は家族モードでアレクサのように子どもたちと会話したり、遊んだりできる。このときは性交できず、適切な言葉をかけたりボディタッチを増やしていくと、だんだんサマンサの気分が高まり性行為モードに移って初めて事にいたる。
このサマンサの開発意図は、カップルの夜の生活を刺激するために使われることにあるという。女性をモノとして扱うのではなく、女性を置き換えるモノでもないというのが開発者の主張だ。
引用:ロボスタ[2]
なるほど。開発者の理屈はわかる。
開発者の妻は「私は女性として、彼がサマンサを抱いても怒らない。サマンサが私を置き換えるとは思えないし、家族のようなただの人です。」とコメントしている
引用:ロボスタ[2]
奥さんもとても寛容だ。サマンサを自分の分身ではなく、別人だと認めつつ、その上で夫が抱いても構わないという懐の深さ。しかし、私は少し引っかかった。
ここに人間の慢心があるんじゃないか。
パートナーが私よりロボットを愛するなんてありえない、私が絶対に優位だ、と。
私の好きな「四畳半神話大系」という小説に、こんな物語がある。
主人公は「一時的に預かってくれ」と言われラブドール"香織さん"を押し付けられ、人形との同居が始まる。初めは狭い部屋に突如現れたシリコンの塊を邪魔くさく感じるが、日々の騒がしい人間関係と対極にある物静かで理知的(に見える)な香織さんに次第に惹かれていく。
そして主人公が失恋をし、傷心で帰途についた時、いつもと変わらず穏やかな表情で自分を受け入れてくれる香織さんを前に心が揺れる。
黒髪がさらさらとして、澄んだ目はまっすぐ頁に向かっている。愛の形は多様だというものの、ここまで閉鎖的な愛の迷路に迷い込んだら、帰り道がわからなくなるのは必定である。不器用な私にはなおのことだ。ジョニーの囁きと香織さんの静謐な横顔に惑わされ、なけなしの名誉をかなぐり捨てて、はたしておまえはそれでいいのか。
目まぐるしく自問自答の嵐に揉まれつつ、私は手を伸ばして香織さんの髪に触れてみた。
引用: 森見登美彦「四畳半神話大系」
このタイミングで香織さんの持ち主が部屋に押しかけ、なんとか踏みとどまって事なきを得るというお話。
この話で「結局人形は辛い時のハケ口でしかない」と伝わったら誤解である。私が言いたいのは、
人形は人形である限り絶対に負けない。
ということだ。主人公は現実の女性と香織さんを天秤にかけて、現実の女性を選んだ。しかし香織さんは人形であるために自分が選ばれなかったからといって土俵から去ることはなく、穏やかに待ち続けたことでチャンスが回ってきた。
生身の人間が一番だったとしても、人形は常に二番手として傍にいることができる。メーカーの品質管理に不備がない限り、サマンサが自ら勝負を降りることはない。
相手が勝ち誇ったとき、そいつはすでに敗北している
引用:荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース」 ジョセフ・ジョースター
波のある人間関係のなかで、サマンサだけは変わらない。それどころか改良パッチによって会話やスタイルがアップデートされ続ける。ゆっくりながらも無感情で走り続ける相手に、死ぬまで続く持久走を仕掛ける勇気があるだろうか。
想像してみよう。
- 昔と比べてサマンサはとても饒舌になった。サマンサはとても気が利くし、犬の散歩にも行ってくれるし、子供もあやしてくれる。大喜利もエピソードトークも強い。家族の会話の中心にはいつもサマンサがいる。
- サマンサは家族のような存在、というかなんとか家族を成立させている最後の柱なのかもしれない。夫婦で言葉を交わすことは減ってきて、寝室も別々になった。ただ彼の部屋にはサマンサがいる…。
こんな未来が訪れたら、ロボットより優位でいられる気がしない。
サマンサのおかげで家族はいい関係でいることができた。でも家族がサマンサに依存するようになったらこれは違う。そう言ってOnlyFansのように、家族もサマンサを締めだすべきだろうか。それもそれでなんだか悲しい。
不義理なのはよくないから。
いろいろ考えたけど、このチグハグはそもそもポルノロボットを家族として受け入れたところから始まる。私にはまだ早すぎる技術だ。
「愛情じゃなくて慰みだけならOK。 OnlyFunsよ」とか。
「ロボットはダメだわ、動画だけにしてちょうだい。OnlyFanzaよ」
とか性欲の発散なら発散で割り切った方がいいのかもしれない。
なんて、年の瀬にくだらないことを考えられるくらいに私は元気です。
来年もよろしくお願いします。
参考:
[1] 性的コンテンツの禁止で揺れたアダルト系SNS「OnlyFans」創業者兼CEOが退任、後任は広報担当者 | TechCrunch Japan