横断歩道のジェントルマン

特に用がなければ6畳ワンルームの中で私の生活は完結する。

ただ日の光を浴びずに布団と椅子の往復を繰り返すだけでは息苦しいので、明るいうちに神社まで散歩をするのが日課になった。

神社へ向かう途中の横断歩道で、私はしばしば困ったさん達に出会う。そこの横断歩道はボタン式だが、これが曲者でボタンの位置が極めて分かりにくい。歩道の前で待ち始めたが最後、背後にあるボタンに気づく術はなく、永遠に青くはならない信号の前で立ち尽くすことになる。

4回通れば1回はこの歩道の犠牲者を目にする。そして今、私は眼前に本日の犠牲者となるカップルを捉えた。お互いの目の色しか見えません、とでもいうように見つめ合い、微笑み合っている。彼等に信号の色は分からないし、変化がどれだけ遅くても、二人の間には更にゆっくりと時間が流れているからお構いなしのようだ。羨ましい。放っておけば彼等のデートは神社と横断歩道で終わるだろう。それすら気づかず、満たされた気持ちで帰るかもしれない。

流石に可哀想に思えるので、こういう時に私がとる行動は二つ。一つは、気づかれないようボタンを押すこと。最後までボタンには気づかず、気持ちよく渡ってもらうのが理想だ。ただボタンを押す姿がバレそうな時は、もう一つの手段を取る。少し自分も待った後、「あっここボタン式だったんですね、私も気付きませんでした」と言う顔でボタンを押す。最短距離でボタンを押した事が、「ボタンくらい押しとけよ、よそ者が。」という冷淡な態度に映ったら気分がよくない。

今回は後者だな。私が陰で二人の幸せを支える紳士になろう。少し待ってボタンを押そうとしたその時。

「ここのボタンってわかりにくいですよね〜!」

突如現れたパワフルおばさん二人組は、私たちに声をかけながら、堂々とボタンを押した。そんな強引なやり方があったのか。呆気にとられる私をよそに、おばさんの陽気な声で、歩道は微笑ましい空気に包まれた。カップルにとってもデートに優しいアクセントが加わって幸せだろう。気づくと私も愉快な気分になっていた。

今日をもって、私は三つ目の選択肢を手にした。しかし、それを同じ朗らかさで実行できるかは疑問が残る。おばさんの圧倒的な陽気さの前で、私の小芝居はあまりに無力だった。カップルには惚気を見せつけられ、おばさんには朗らかさでねじ伏せられ、今日の私はホームで二つの黒星をつけた。